家庭経済の耳寄り情報

2024年10月25日

日本株の『PBR 1倍割れ』問題と日本企業のROEについて

2023年春に東京証券取引所(以下東証)は上場会社に対して、株価・資本コスト・資本収益性を意識した経営を実践するように要請しました。
 この背景には日本株が欧米株に比べ『割安』に放置されてきたことがあります。この『割安』という意味は、一株当たりの自己資本に対して株価が安いことや一株当たりの利益に対して株価が安いことです。前者を測る指標がPBR(株価純資産倍率、株価/一株当たりの自己資本)、後者がPER(株価収益率、株価/一株当たりの利益)と呼びます。特に日本株のPBRの低さが目立ちます。
東証の参考資料(『フォローアップ会議における議論と現状』2022年9月30日)によれば、日米欧の主要株式指数の構成企業のうち、PBR1倍割れの企業の割合は,米国(S&P500) 5%, 欧州(STOXX600) 24% に対して日本(TOPIX500) 43%となっており、日本がPBR1倍割れの企業の比率が際立って高いことがわかります。

ここでPBRについて考えてみたいと思います。
 PBRはバランスシート上の一株当たりの自己資本で株価を測る指標ですが、言い換えると一株当たりの自己資本(簿価)を株価で評価している指標とも言えます。効率よく利益を稼いでいる自己資本は市場から高い評価を受け株価が高くなるということです。すなわち、PBRが高い企業はその自己資本が稼ぐ能力が高いということです。自己資本が稼ぐ能力を測る指標としてROEと呼ばれる自己資本利益率(当期利益/自己資本)がありますが、日本株のPBRが欧米に比べ低い主な要因は、このROEが低いことにあります。今回の日本の上場企業に対する東証の要請は一言で言えば、ROEの向上を目指す経営を実践して欲しいということでしょう。

次に日本の企業のROEはなぜ低いのかを見ていきましょう。
 ROEは以下の三つの要素に分解することができます。(デュポンの公式)

ROE(当期利益/自己資本)=(当期利益/売上高)×(売上高/総資産)×(総資産/自己資本)
           =売上高利益率×総資産回転率×財務レバレッジ

各要素について日米欧を比較したグラフがあります。

経産省 サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)資料から引用

経産省 サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)資料から引用

上記のグラフを見ると、日本企業が欧米企業に比べてROEが低いのは売上高利益率と財務レバレッジが低いことが要因になっていることがわかります。

今後日本企業はROEを向上させることができるのでしょうか?
 財務レバレッジ(総資産/自己資本)が低いことは、財務の健全性の観点からは評価されますが、前述したようにROEを引き下げる要因になります。日本企業は近年自社株買いや増配し自己資本を減らすことによって財務レバレッジの上昇を促す動きが見られます。特に自社株買いについては、前述した上場企業に対する東証の要請した後、顕著に増加しています。日経新聞によると、今年5月に設定された取得枠は前年同期比6割増の約9兆円と過去最高となり、年間で過去最高だった2023年の約9兆6000億円に迫っているとのことです。上のグラフで見たように日本の企業は欧米企業に比べ財務レバレッジが低く現金等の収益性の低い剰余金を多く持っている企業が多いため、自社株買いや増配によって、ROEを上昇させる余地は大きいと言えます。

 日本企業のROEが低いもう一つの要因である低い売上高利益率については、長い間日本企業が資本の効率性・収益性よりも売上高や利益等の量の拡大を重視してきた結果ではないでしょうか。10年ほど前から伊藤レポート等によってROEを重視した経営が重要であると言われ始め、ROEに対する注目が高まりましたが、今回の上場企業に対する東証の要請はそれらをより具現化したものと考えられます。この東証の要請を受けてから、2024年7月末時点で、プライム市場上場会社の86%、スタンダード市場上場会社の44%の企業が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について開示しています。
 資本コストを意識しながら資本収益性を向上させたり、売上高利益率を拡大させるには、既存事業の収益性向上、採算の悪い事業の切り捨て、収益性の高い新規事業の取組等が必要で、一朝一夕にはいきません。しかしながら前述した開示率の進展状況を見ると、今後は着実に資本コストや資本収益性を意識した経営は浸透していくと思われます。その結果、日本企業のROEは着実に上昇していくでしょう。

岸上 和夫 2024年10月25日