家庭経済の耳寄り情報

2015年10月10日

特別受益の内容の理解と対策 ~もめない相続のために~

 特別受益とは、遺産分割における不公平を是正し、平等を図るために設けられた民法の制度です。どんな生前贈与が特別受益となるのか、それによるもめ事を避けるためにはどんな対策が必要なのかを考えてみました。
 相続で家族がもめる原因はいろいろありますが、その一つに特定の相続人に対する贈与があります。遺産分割協議などで贈与の事実が発覚し、贈与を受けていない相続人から、その贈与は財産の前渡しに等しいから遺産に加えて分割計算をすべきだとの不満の声が上がる場合です。
相続税法上は、相続開始前3年以内の贈与はその人の相続税の課税価格額に贈与時の財産の価額を加算しますが、3年超以前の贈与は課税対象財産には含まれません。
しかし民法上の処理は異なり、贈与時期を問わず該当する贈与財産を全て遺産に加えて相続分割をしなければなりません。
 該当する贈与や遺贈を「特別受益」と呼び、それらを遺産に含めることを「特別受益の持ち戻し」と呼びます。但し、相続人でない者への生前贈与や遺贈は対象外です。

相続税改正の影響

 平成27年1月から相続税制が改正されました。
基礎控除額が4割引き下げられたため、相続税の納税対象者が大幅に増加する見込みです。 現在は全国平均で被相続人の約4%が課税対象者ですが、今後は6%に上昇し、東京23区に限れば現在の9%から20%程度に上昇すると推定されています。
 これに伴い、相続税の課税が想定される人は種々の手段を使って節税対策を実行しています。その手段の一つが生前贈与です。生前贈与に関しては、政府も高齢者層から若年層への資産移転を促進し、経済の活性化を図ろうと非課税制度の新設、非課税期間の延長、贈与の対象を子から孫へ広げる、直系尊属からの贈与税率の引き下げなど各種の優遇措置を打ち出しています。従ってこれらの制度を活用し節税しようとする人の数の増加に拍車が掛かっています。
 そこで注意しなければならないことは、この増加する生前贈与が相続発生時に相続人の間のもめ事を増加させないかということです。もめ事が家庭裁判所に持ち込まれて、調停や審判に至った件数は、現在1万5千件を超えており、昨今の生前贈与の増加によりこの件数が更に増えると予想されます。
 もめ事を増やさないためには、特別受益に該当する贈与にはどんなものがあるのかを理解し、また特別受益に該当するとしたら、どうすればもめ事を起こさないように出来るのかを考える必要があります。

特別受益の内容

(1)民法第903条の規定
 特別受益とは、共同相続人の中に、被相続人から ①遺贈 ②婚姻・養子縁組のための贈与 ③生計の資本としての贈与 を受けているときの利益を言います。
相続分の計算は、相続開始時の相続財産価額に贈与価額を加えた価額に相続分率を乗じて分割相続分を算出し、その価額から贈与又は遺贈の価額を差し引いた残額をその特別受益者の相続分とします。

(2)特別受益財産の内容
①遺贈
 共同相続人に対する遺贈であれば、常に特別受益になります。

②婚姻・養子縁組のための贈与
 持参金や支度金は原則として特別受益に該当します。但し、金額が少額で、扶養の一部と認められる場合は特別受益とはなりません。結納金や挙式費用は特別受益に該当しない判例が多い。

③生計の資本としての贈与
a.学資
他の相続人とは異なる高額な学費(留学費用や私立医科大進学費用など)は原則として特別受益に該当します。

b.独立して事業を始めるための開業資金
特別受益に該当します。

c.居住用の宅地贈与、住宅購入資金贈与
不動産はそれ自体高額な財産なので、生計の資本としての贈与と認められる場合がほとんどであり、原則として特別受益に該当します。

d.動産、金銭、有価証券等の贈与
相当額の贈与であれば、原則として特別受益に該当します。

e.生命保険金
保険金を支払うのは保険会社であって被相続人ではないため、保険金は被相続人の遺産ではなく、受取人固有の財産となります。
判例上も生命保険金を原則として特別受益に該当しないとしていますが、「相続人の間の不公平が到底是認できないほどに著しいと評価すべき特段の事情」がある場合には特別受益に準じて持ち戻しの対象になるとしています。(最高裁 平成16年10月29日)
(判決の事例)
 その1 保険金額が総相続財産の約 9.6%   持ち戻しの対象としない
 その2 保険金額が総相続財産の約99.6%   持ち戻しの対象とする
 その3 保険金額が総相続財産の約 6.1%   持ち戻しの対象としない
 その4 保険金額が総相続財産の約66.1%   持ち戻しの対象とする
上記判決の事例では、保険金額が総相続財産に占める割合が10%程度以下であれば持ち戻しの対象としない、60%程度以上であれば持ち戻しの対象とするという結果になっていますが、明確な基準はありません。相続人の間で合意形成を図るには、当事者の方々の良識に頼るしかないというのが現状のようです。

f.死亡退職金
公務員は法律で、会社員の場合は退職金規定などで受給権者が定められている場合は、受取人固有の財産と言えますので、遺産分割の対象にはなりません。
一方、規定で受給権者が定められていない場合は、判例によると相続財産であるとしたものと、ないとしたものの両方があり、定説がないとされています。(東京弁護士会)
しかし複数の相続人が被相続人の収入で生計を立てていた場合、相続人の一人が受取人となったのでは不公平になる可能性もあります。生命保険金の場合と同じように特別受益の対象にならないかという考え方もあります。この点について裁判例はなく、家裁の審判例でも結論は分かれていますが、死亡退職金は特別受益に当たらないと考えるのが主流のようです。結局、生命保険金と同じく、共同相続人の良識による合意形成に頼るしかないということになります。

(3)特別受益の評価方法
 特別受益は相続開始時の時価で評価されます。相続税法上の相続開始前3年以内の贈与の加算が贈与時の価額で加算するのと異なりますので注意を要します。 
例えば、5千万円で贈与された土地が相続開始時に1億円に値上がりしていたら、特別受益は1億円で持ち戻しを行います。逆に建物などの場合、経年変化で減価していれば、贈与時より低い価格に評価換えします。

特別受益でもめない対策

 相続でもめるケースの一番多いのは特別受益関連です。トラブル発生を防止するには次のような対策が考えられます。

(1)財産リストの作成
 財産リストを作成し、どんな財産をいくら持っているか、負債はどのくらいあるかを正確に把握する。過去に行った贈与も記録する。リストの作成は相続人を交えて行う。そして、不動産など分割し難い財産の対策、遺留分の計算などをしながら、生前贈与を行う。

(2)贈与は家族と話し合って決める
 それぞれの子供に同じ額だけ贈与した場合でももめるケースがあります。子供によって公平に対する概念が異なるからです。従って、贈与をする前に子供たちと話し合いの場を持ち、その上で贈与の金額を決めれば争いを避ける可能性は高くなります。

(3)遺言書作成上の注意点
 遺言書に特別受益の記載がないことでもめる事が多くあります。争いの防止策は、
 ①特別受益の額と内容、贈与した日付、そして相続人に贈与した理由をしっかりと書く。
 ②贈与や遺贈の額が遺留分を侵害しないように注意する
 遺言書を補完するために、子供の方も親が元気なうちに、例えば長男が「弟の住宅資金はいくら援助したの」、「妹の結婚持参金はいくら出したの」と聞いて書面化しておく。
 ・贈与の内容 ・贈与の額 ・親の自筆のサインと押印 ・日付
 これが遺言書に不備があった場合、公平な遺産分割を行うための証拠になります。

(4)生命保険金の活用
 被相続人は父親、相続人は長男と次男、相続財産は実家のみという場合で、父親は実家を長男に相続させたいと考えている。しかし長男は次男に代償金を支払う能力が無い。そこで父親は長男を受取人とする生命保険に加入し、「実家は長男に相続させる」という遺言書を書く。父親が亡くなったあと、実家は遺言書に従って長男に遺贈され、長男は受け取った生命保険金から代償金を次男に支払う。遺産が実家だけという場合、もめるケースが多いのですが、生命保険のこうした活用により実家を売却せずに無事長男に引き継げるわけです。

松本 道明 2015年10月10日